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No.8 ベルギー人のチェロ奏者、ニコラ・デルタイユ氏

今回はベルギー人のチェロ奏者、ニコラ・デルタイユ氏にお話を聞きました。ニコラさんは、ベルギーの「シャペル」と呼ばれるエリート音楽学校 (la chapelle musicale reine elisabeth(仏語) - Muziekkapel Koningin Elisabeth (オランダ語))、世界でもトップクラスのジュリアード音楽院出身というエリートコースのチェリスト。その一方でN.Y.から帰国後カーボンチェロを背負ってシルクロードの旅に出たり、ベルギーを離れキプロスの音楽大学で教えたり、アルペジョーネと呼ばれる世界で極僅かしか弾く人も作る人もいないという珍しい古楽器を演奏したりしている一風変わった方。独自の道を歩くこれぞ真の芸術家?と、そんな彼に興味を持って早速インタビューしてみることにしました!

ニコラさんがチェロを始めた理由は実にシンプル。当時4歳だった彼には、鈴木メソードしか音楽教室がなく、お姉さんが既にヴァイオリンを始めていたので「チェロしか選択肢がなかった」のだとか。しかし15歳位までは練習もしたりしなかったりと、非常に不真面目だったのだそうです。 「でも昔からコンサートに出るのは好きだったのです。練習しないのに(笑)でもある時目覚めて猛練習を始め、それ以降は真面目に練習をしています。」 という彼。その後は前述の通り早々と才能を開花させエリートコースまっしぐらというわけだから大したものです!

現在もルクセンブルグに近い自然の中に住む彼。しかし留学先には大都会のN.Y. を選びました。その理由は「全く違う所が見たかったから」。
「まず違う言葉を話したかった。そして違う大陸に行きたかった。シャペルは森の中にあって、寄宿制で外に出られず10人位の少数単位で常に生活していました。だから、大都会に出て沢山の人の中で生活して、音楽会や美術館に通いたかったので、全部総合すると、N.Y.しかなかったのです。」

そして2001年に留学。2001年といえば、9.11があった年でもあります。彼は留学して直ぐに9.11を体験します。
「学校では皆がざわつき始めました。始めは誰も信じませんでした。しかし段々緊張感が走り、泣く人もありました。その日は家に帰る事が出来ず学校に寝泊まりしました。その後、毒の粉の入った郵便物が届き人が死亡する事件が起こったりもしました。それからアフガニスタンの戦争。僕のいた2年間は決して明るい雰囲気ではなく、人々は疑心暗鬼になっていました。」

私も同じ2001年に日本からここベルギーに留学して来ました。遠く離れたベルギーでさえその頃は緊張感が高まりました。現地なら尚更だったことでしょう。

彼は違うものを求めてヨーロッパ大陸からアメリカに渡りました。私も同じく違う物を求めて日本からベルギーに来て、そして実際に大きな違いが沢山ありました。ニコラさんもその辺はどうだったのだろうと聞いてみると、「音楽的な面で言うと、例えばヨーロッパでは音楽をする時に例えば顔の表情で表現する事は”表面的だ”と言われます。でもアメリカではそれは演劇と同じで、もし音楽が悲しい音楽だったら、聴衆にそれを分からせるために表情でも”悲しい”と表現しないと聴衆には伝わらないと言うわけです。」 というお答えでした。面白いと思いました。私自身が、あまり顔で表現される演奏は好きじゃないのと、ニコラさん自身はそういう風な演奏をしないからです。
「どちらも正しいと思うのです。顔の表情だけで音楽に深い物がなければ表面的でおかしいです。でも聴衆に伝えるという事をあまり考えてない演奏ってあるでしょう。CDと同じように演奏して”聴衆が分からなくてはいけない”という演奏。それではクラシック音楽はつまらないと言われても仕方ないです。俳優のように体全部を使って、入り込んで演奏するというのは、特にロマン派では有り得ると思うのです。」

なるほど、確かに私の夫、通称”王子”もアメリカで勉強して来たのですが、舞台での立ち振る舞い、聴衆とのコンタクトを良く注意しています。ヨーロッパはもしかしたら宮廷文化からの続きで、あまり「聴衆」と「弾き手」と分かれて考えない習慣があるのかもしれないですね。良く分かりませんが。私の先生は圧倒的にパフォーマンサーだったので人にもよるかもしれません。

そして留学を終えてベルギーに帰って来るや否や、シルクロードの旅に出ます。
「長年そういう旅をしたいと考えていたのです。ただすごく考えました。何しろ楽器を長い間弾かない訳にはいきません。留学を終えて、本来ならばコンサートの主催者や、エージェンシーにコンタクトを取ってキャリアを積んで行かなければならない時です。けれども…もっと世界を見なくちゃいけないと思ったのです。そうでなかったら、何を音楽で表現すれば良いのかと思いました。スペインの音楽はスペインを見たらやはり感じる事が違います。その国の空気、匂いは行ってみないと分からないと思いました。それで旅に出る事にしました。」

ギリシャからスタートし、トルコに行き、そしてイランで2003年に起きた大地震に巻き込まれます。
「この地震で僕の旅は3ヶ月で終わってしまいました。しかし悲しい事が起きても、旅行の目的の一つは何か問題が起きる事でもあると思っていました。観光とは違う物を感じたくて、心に触れることを求めてこのような旅をしたわけですが、そこで地震に合いました。地元の人達と助け合った数日間。この時がこの旅の中で一番心に残った時です。僕らが演奏する曲は昔の曲です。当時の作曲家達も沢山の旅をしています。彼らの時代は今のような便利な世界ではありませんでした。その時代の音楽を、便利な時代に生まれている僕らが演奏するわけですから。部屋で難しいパッセージを練習しているだけでは見つけられない表現や音楽があると思うのです。旅をすることは、それを助ける要素になると思います。」

詩人、作曲家、作家は良く旅に出て題材探しをしますが、その表現者である演奏家はどうも家に閉じこもって練習ばかりしているな…とは、私も何年も前から感じていた事。もちろん下手過ぎては使い物にならないし、練習の中で見つけるものも沢山あるわけですが、ちょっと旅に出てみる事の大事さを感じます。

さてそんなニコラさんは先述の通り、世界的にも稀な”アルペジョーネ奏者”でもあります。アルペジョーネとはシューベルトの時代にウィーンで生まれた、ギターの様にフレットを持ち、チェロの様に弓で演奏する楽器。
「元々は1997年頃モンス音楽院在学中にシューベルトのアルペジョーネソナタをオリジナルの楽器で弾いたらどうなるのだろう?と思ったのが始まりです。」
いかにも好奇心が旺盛なニコラさんらしいです。シューベルトは当時このアルペジョーネのために曲を書いたのですが、その後アルペジョーネが廃れたために、今ではチェロのレパートリーの一つになり、”アルペジョーネソナタ”と呼ばれているのです。
「2001年だったかにブリュッセルの楽器職人と一緒にアルペジョーネを作ろうと言う計画が立ち、丁度その頃チェロで沢山現代曲を弾いていたのもあって、何人かの作曲家がアルペジョーネのために曲を作ってくれました。世界でも数える程しかいないので、殆どの奏者は知り合いです(笑)しかし現代曲を演奏したり、CDをリリースしてるのは僕だけなので、僕は段々”ムッシュー・アルペジョーネ”になってきました。そこで今までの色んな情報収集したもの、研究したものをまとめたいと思うようになりました。」

彼は現在ゲントの”オルフェウス研究所”の博士課程でアルペジョーネ研究中。ここでの博士課程は、音楽学者という立場からではなく、演奏者からの立場としての研究が出来るのだそうです。世界で唯一のアルペジョーネ奏者兼博士になるかもしれませんね。

そんな彼は19歳の時に札幌を一度訪れています。感想を聞いてみると、 「もう10年以上前のことですが、とにかく英語も通じない事が多くて、それでも頑張って分かり合おうとするのが面白かったです。それから美味しい物を沢山食べました。海藻のスープ(ワカメ入りのお味噌汁??)がすごく記憶に残っています。それにユーモアが違って面白いと思いました。そういえば森の中で熊に会うといけないから、鈴を持って歩くようにといわれたのだけれど、それもジョークかと思って使いませんでした。」 と笑うニコラさん。もしかしたらそれはジョークじゃなかったのではないでしょうか。熊に会わなくて良かった!!

そんなニコラさんと、インタビュアーのお喋り笛吹きこと私神田望美で、9月に横浜・東京でコンサートを行います。アルペジョーネのちょっとしたプレゼンテーションもあります!ご興味のある方は是非お越し下さい!

東京ブリュッセルトリオ 日本初公演決定!
2012年9月12日(水)横浜みなとみらい小ホール 午後6時半会場、午後7時開演
2012年9月16日(日)東京オペラシティリサイタルホール  午後1時半会場、2時開演
詳しくはホームページへ!http://www.tokyo-bruxelles-trio.com/


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神田望美 (かんだ のぞみ):ベルギーを中心に演奏活動を繰り広げているフルーティスト。 日本、西欧諸国、ノルウェー、チュニジアの音楽祭、コンサートにも出演し、各国の新聞にて好評を得る。 Estampes(フルート・ヴィオラ・ハープ)、東京ブリュッセルトリオ、フルートアンサンブル4tempiのメンバーとして活躍し、室内楽を主に多くの音楽家と活動する。故西沢幸彦氏の影響を強く受け、新境地の開拓を目指し、邦楽器、語り、日本の音楽をプログラムに取り入れるなどの試みをしている。ブリュッセル王立音楽院フルート科教職課程を修了し、ベルギー公立のアカデミーの代理講師、Dinant International summer academieにて指導。Atelier de Fluteを立ち上げ指導を行う。日本でもセミナーや吹奏楽部指導などを定期的に行っている。これまでに高橋あかね、植村泰一、西沢幸彦、マルク・グローウェルス氏に師事、ヴァンサン・リュカ、ヴァンサン・コルトブリントらのセミナーに参加。 フェリス女学院大学音楽学部、王立モンス音楽院卒。公式HPブログも絶賛更新中!


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